離婚を経験して得た力。絶望を味わったからこその今!

ひとり言

約束通り、ふたつ前の投稿で書いた”離婚理由”について書いていきます。

なので、興味のない方は時間の無駄になるのでこれ以上読み進めることはオススメしません。あくまでもわたし自身をさらけ出した方が気持ちも楽ですし、ブログも書きやすいので書くだけです。

とはいっても特別なことはなく、世間一般に知られてるような内容なので面白味はないかも知れません…

家族

では、まず五人家族に至った経緯から。

元妻に連れ子が二人いた。

5歳の男の子

3歳の女の子

それを知った上で付き合った。

 

何となく元々家族のような4人での時間だったけど、上の子が幼稚園の年長の時に”父親参観日”に出くわした。

よく聞いてみたら、元妻は下の子が生まれた直後くらいに離婚していて、上の子の幼稚園での父親参観日に父親が出席したことがない。

 

これはかわいそうだと思ったわたしは、籍を入れよう!

そして堂々と父親参観日に父親として参加しようと決めた。

元妻には母親しかおらず、その母親は籍を入れることに大賛成だったけど、わたしの両親はいまいちな反応だった…

 

それはそうですよね、いきなり孫が二人もできるのですから。戸惑いますよね…

それに、わたしも初恋だったわけではないし、何人かの方とお付き合いしているのも両親は知っていたので「何も子供がいる人と結婚しなくても…」と言われました。

 

でも、わたしの気持ちや上の子への思いを理解してくれて了承してもらいました。

入籍

で、晴れて入籍。

いきなり二人の子供のお父さんになりました。

 

無事父親参観日も父親として参加し、家族四人での生活がスタートしました。

 

って、こんな風に書いていくとかなりの長文になってしまうので、ポイントだけ書いていきます。

お金

その当時、わたしは全国的に有名な中小企業で働いていて給料もそれなりに良かった。ただ、いきなり四人での生活では経済的なこともわからなかったので、元妻に銀行の通帳やキャッシュカードなど全てを渡し、お金の管理は元妻に任せました。

 

チャーリー
チャーリー

後々これがいけなかったと気付くのです…

 

ふたつ前の投稿を読まれた方なら覚えているかも知れませんが、大きな病院のスーツ姿の方がわたしに近づいて来て言った言葉です。

 

治療費を払ってください

 

そうなんです。わたしはお金を全て元妻に渡していたので、どんな時も元妻と一緒に行動し元妻が支払っていたのです。

 

で、ここでも元妻が支払ってるものだと思っていたら支払いをしていなかった。

ここから、元妻に対する不信感が募り、お金の行方を”密かに”探るようにしたのです。

 

”密かに”というのは、面と向かって聞いてみたけどはぐらかされたからです。それと、この時にはわたしの子供(娘)も生まれていて五人家族になっていました。

 

勤めていた会社も潰れそうだったので、少しでも退職金がもらえるうちに退職しようと思い退職しましたが、この判断が五人家族の生活を苦しくしてしまい、なけなしのお金でやりくりしている元妻への申し訳なさからあまり強くは言えませんでした。

 

わたしも13年勤めた会社をやめたことで、気持ちに踏ん張りが利かず職を転々とすることになり、生活は苦しくなる一方…

離婚への決定打

そんなある日、元妻の手帳を発見してしまったのです。

 

もうお分かりですね!?

 

そうです、見てはいけないものを見ると地獄をみるのです!

 

浮気の詳細が書かれていたのです。

 

元妻が浮気していたのです。

 

しかもある趣味を通じてわたしも知ってる人間だったのです。

 

それと同時に、元妻もパートで働いてるはずが働いてないことも発覚し、わたしの給料だけでは足りず、元妻の母親からもお金を借りて生活と浮気に使っていたようです。

 

そうなんです、元妻はかなりの浪費家だったのです。

離婚

その後すったもんだあったけど、離婚が成立して独り身になりました。

離婚の直接的な原因は、元妻の浮気とお金(浪費)です。

 

ここで気になるのは子供たちのことですよね…

 

上の二人(元妻の連れ子)はもう社会人になっていたので仕事もしていて住む場所もあったのであまり大きな影響はありませんでした。三人目の子供はまだ高校生だったのですが、大した話し合いもせず子供の意見を聞くこともなく、元妻と家を出ていきました。

 

結局娘が19歳の時(離婚から3年後)にわたしのところに戻って来て、実はわたしの方に来たかったと明かしてくれました。

 

後から聞いた話ですが、三人目の娘にお金がかかるからと方々からお金を借りるため、同情してもらうために娘を引き取ったようです。

わたしのことも散々な言われようで、わたしのDVで離婚に至ったと周囲には話していたようです。

 

全くの事実無根だったのですが、もう関わりたくないと思っていたので放っておきましたけど。

 

結局愛情というよりか、そこそこな会社に勤めて、そこそこな給料をもらってることが元妻の結婚の決め手だったようです!?

借金

離婚後に明らかになる借金の山…

 

絶望感しかありませんでした。

 

金額ははっきり覚えていませんが、五人家族の時のアパート代が月約6万円。それを半年も滞納していた。

どうしても生活費が足りないからと10万円をカードローンから借りてお金だけ元妻に渡したのですが、いつしかわたしの財布からカードローンのカードを盗み、利用していて限度額いっぱいの50万円まで借金が増えていた。

 

さらに、水道代や電気代の光熱費なども滞納してることもわかり、生きる気力を失いかけました。

 

仕事をしていても身が入らないし、やる気は起きないし、生きてる心地はしないし、いっそのこと…って考えた時期も正直ありました。

 

ついには仕事に行くこともしなくなり、引きこもりのような生活。

再出発

そんな生きてるか死んでるかもわからないような生活をしていて出会ったのが一冊の本だったのです。

「どくしょ」について。「この世で一番の奇跡」に出会えたことが奇跡。
人生のどん底にいた時に偶然目にした「この世で一番の奇跡」。「世界最強の商人」で知られる、故オグ・マンディーノ氏の著書で、人間とは偉大な存在で、一人一人がかけがえのない存在。モノを見ている目も、音を聞いている耳も、当たり前なものではなく、人間の奇跡…。様々な奇跡を備えているのに自分には何もないというのはおかしいと…。

 

これ以降の普通の生活については先ほどの投稿で書いているのでここでは触れません。

 

当時は、右目の視力を失った時と同様に元妻が悪い、全ての原因は元妻だと…

 

ただ、ある時からお金に関してはわたしにも責任があると認められるようになり、頑張って働けば数年で返せる金額だから頑張ろうと思えるようになりました。

幸せ①

そんなこんなで、娘との二人暮らしが始まり、楽しく幸せな時を過ごせるようになりました。

幸せ②

そして、昨年(2020年)娘が彼と同棲するということで家を出て、現在のひとり暮らしになったのです。

ちなみにその娘はもうすぐ母になります。

ということは、わたしはおじぃちゃん。

わたしの父からみたらひ孫。

嬉しいかぎりです!

最後に

細かなドロドロしたやり取りや、犯罪まがいなこともあったのですが、それは追い追いブログの中で書いていくこととして、大まかな流れだけ書かせてもらいました。

それに、どんな形であれ結婚して、子供もいて、幸せだと思える生活をしていて、それが壊れたのですから元妻だけが悪いわけではありません。お金以外でもわたしにも責任はあったのです。気づくのが遅かったですけど…

 

離婚してから約7年。やっと、カードローンと家賃滞納分が支払い終わり、ライフラインも止まることなく生活はできています。

 

まだまだ生活が豊かになったわけではありませんが、挫折を経験したことで得られたことはたくさんあるので、人間的には当時よりずっと成長していると思っております。

 

あまりしたくない経験だけど、経験することで見える世界もあるし、這い上がる力も備わるし、絶望も悪いことばかりではないなぁと今では思えます。

 

だからみなさんも絶望してください!

 

とは言いません。

 

楽しく・幸せに生活することがいちばんですが、絶望して学べることもあるということです。

 

チャーリー
チャーリー

わたしの過去のつまらない話を最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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