「どくしょ」について。「この世で一番の奇跡」に出会えたことが奇跡。

ひとり言

ショーペン・ハウエルのようなことは書けないので、タイトルにはあえてひらがなを用いました。日々の読書の中での事と、6月に孫が生まれる事が相まって”本を読む”ことについて思うことがあったので書いていきます。

 

以前にちょっと書いたかも知れませんが、離婚を経験し離婚した直後はなんとか踏ん張れていたのですが、その後どうしようもなく空虚感に襲われ始め、仕事も辞め正直生きる意味を見出せない時期がありました。

ただ、死にたいとか死んでしまおうという気は起きませんでした。死ぬことが怖かったのかも知れません…

 

数ヶ月引きこもりの生活をしていたので、お金も食料も底を尽き(離婚の原因がお金)、何か口に入れたいと思い読み終えた本を売ってお金にしようと、ブックオフに行ったことで奇跡が起きました!

というか、奇跡に出会いました!

 

本を査定してもらってる間に何気無く目に留まった「この世で一番の奇跡」という本です。

1992年2月18日に第1版第1刷が発行されている本で、

著者 オグ・マンディーノ氏。

翻訳 菅靖彦氏。

発行元はPHP研究所です。

 

立ち読みしている時点で涙が出てきてしまい、確か本の査定額が380円くらいだったと思うのですが、その内の100円で本を買い急いで家に帰り、立ち読みの続きを読み始めました。

そしたら、涙とともに過去も流されたような感覚に陥り、悩んでいたことがウソのように晴れ晴れとした気分になりました!

 

そこから、新しい人生を歩き始めることができたのです。

 

わたしの場合は本だったのですが、有名人や知人の言葉でも同じような場面はあると思いますし、本が持つ力・言葉の持つ力の大きさを改めて感じさせられました。(当時は、そうは思いませんでしたが、時間とともにそう感じるようになっていきました)

この「この世で一番の奇跡」がどんな内容の本だったか簡単に紹介します。

この世で一番の奇跡

あらすじ

サクセス・アンリミティッド・マガジン社の社長の、オグ・マンディーノが雪の降る夜ある初老の男性(サイモン・ポッター)と出会う。

サイモン・ポッターに導かれるように、彼と仲良くなり彼の生い立ちを聞くうちに奇妙な偶然に遭遇する…

それは、オグが自書した本の登場人物とサイモンの生い立ちが符合していたからだった!?

そして、旧知の仲のように過ごしていたある日、手紙を残しサイモンは姿を消してしまう…

だが、その手紙の内容を実行することで人生に大きな変化をもたらすことになる。

 

といった内容です。

ストーリー仕立ての人生の指南書、自己啓発書です。

感想

この本を読んで以降、自己啓発書や物語形式の人生の指南書のような本を読んでも、この世で一番の奇跡を超える自己啓発本は出てきていません!

人間の偉大さと人間はひとりひとりかけがえのない存在だと書かれています。

当たり前のようにものを見たり聞いたりできるのも、目があり耳があるからだし、歩くこと動くことは筋肉や細胞・皮膚などがあるおかげ。

それは、当たり前なことではなく奇跡なのだと!

 

普段それらを気にすることはないですよね…

 

朝起きたら、今日の仕事のことや予定のことを考えるわけですから、朝目が覚めた時に”天井が見えて良かった”とは思いませんよね!?

小鳥のさえずりが聞こえて、清々しい朝だなぁと思っても、小鳥のさえずりが聞こえたことには気持ちが向かないですよね!?

さらに、脳も骨も血も五感なども素晴らしい機能を人間として持っているのに、”自分は何も持っていない”、”自分には誇れるものなど何もない”と嘆いてしまう。

人間の偉大さを当たり前だと思い、素晴らしいもので形成されていることには見向きもしない。

五体満足に生まれなかった人も数多くいるのに、その人たちが特別な存在で、五体満足に生きてる自分たちが当たり前だと…

 

わたしは、今でも潤沢なお金があるわけではありませんが、心はどんどん豊かになっています。そして、これでいいんだと思えるようになりました。

この本はわたしにとってとても重要な本なので、語り出したら熱くなり過ぎて止まらなくなるので、この辺にしておきます。

 

要するに人間は偉大なもので、わたしたちひとりひとりはかけがえのない存在だということです。

 

ちなみにオグの自書とは、日本でも人気のある「世界最強の商人」(邦題)です。

オグ・マンディーノ

かんたんに、著者である故オグ・マンディーノ氏について書いておきます。

オグ・マンディーノOg Mandino, 1923年12月12日 – 1996年9月3日)は、アメリカ合衆国の自己啓発書作家、小説家、講演家。「世界中で最も多くの読者をもつ自己啓発書作家」と呼ばれたベストセラー作家。”セールスマンのグル”などとも形容される。

高校卒業後の4年間を空軍で活躍したのち、生命保険会社に勤務した。その後、シカゴの「サクセス・アンリミテッド・マガジン」の編集長となり、1976年まで同社代表を務めた。そのかたわら、1968年に『地上最強の商人』を執筆し、作家としてデビューした。以後、『この世で一番の奇跡』など続々とベストセラーを発表し、著書は世界22か国で3600万部を売り上げた。

※ウィキペディアより引用

 

1923年12月12日、米国マサチューセッツ州ボストン市ボストン生まれ。 本名はAugustine Anthony Mandino。ハイスクール時代の学校新聞で「AUG」と署名した。書いてから変えたいと思い、発音どおり「OG」と綴りその後習慣になった。このことは「この世で一番の奇跡」で本人が語っている。

1942年、アメリカ合衆国陸軍航空師団に入隊。第二次世界大戦中にB-24でドイツに30回特務飛行をする。メダルをいくつかもらい、帰国する。

ニューヨークで作家を目指すがうまくいかず、生まれ故郷のニューイングランドに戻り、生命保険の販売の職について結婚する。その後、借金などのせいでアルコールの問題をかかえるようになり、妻子は去り、仕事と家を失う。自殺を考えたが、ノーマン・ヴィンセント・ピール、ナポレオン・ヒル、エルバート・ハバード、マックスウェル・モルツ、ドロシー・ブランド・パーシー・ホワイトニング、ラッセル・コーンウェルなど、成功哲学の本を読むようになり、立ち直る

W・クレメント・ストーンの本と出会い、その下で働こうとアメリカ・コンバイン保険会社ボストン支社にて職につく。

1957年12月9日に再婚し、販売部長に昇進してメイン州北部を担当するようになった。コンバイン社のシカゴの販売促進部に移り、保険販売の意欲促進に関する資料の作成に1年ほど携わる。

その後、短い記事を書くようになり、『地上最強の商人』を刊行する。

※ウィキペディアより引用

やはり、挫折を経験し乗り越えた人は強いし、優しくなれる!だから共感できる!!

ここで紹介した本以外でも多数出版され、翻訳されているものも多いので、わたしも故オグ・マンディーノ氏の本は13冊所有していて(この世で一番の奇跡は、ハードカバーと文庫版の2冊)、何かに迷った時などに読んでいる。

次回

少し、オグ・マンディーノ熱が高過ぎて当初予定していた内容からかけ離れてしまいました…

孫が生まれることと本についても書いてなく、ましてや読書のことも書けませんでした。

本を読む素晴らしさや本で旅ができる、しかも時空を超えて旅することができることをお伝えしたかったのですが、思いの外文字数を費やしてしまったので孫と本、本の旅については次回に持ち越します。

 

①わたしから娘へ、娘から孫への本のバトンパス。

②「四十初惑」という言葉の意味と旅程。

四十初惑とはどういうことなのか?

四十不惑とは違うのか?

なぜそれが旅することになるのか?

などを書いていきたいと思っています。

コメント

  1. […] それについては、下記に書いています。 https://charlielife.com/ogmandino/ […]

  2. […] 「どくしょ」について。「この世で一番の奇跡」に出会えたことが奇跡。人生のどん底にいた時に偶然目にした「この世で一番の奇跡」。「世界最強の商人」で知られる、故オグ・マン […]