愚痴ってストレス溜めるなら、自分でやってしまおう!

50代

1年ほど前から今のパートを続けてる。

それまでずっと製造業で、モノづくりをしてきた。

初めてのサービス業で、はじめはどうなることかと思ったけど、1年続いてる。

自分でもよく頑張ってる!

 

と、最近思えるようになってきた。

 

今までは、自分が一番下の立場で、わたしが知っているようなことは誰でも知っているだろうと、自分に自信が持てずにいた。

 

でも最近、なんとなく生き方がわかってきた!

 

自分の生きたいように生きる。

 

これに尽きる!

 

幸い、娘も嫁にいき、幸せな家庭を築いてるので、わたしは自分のことだけ考えてもいいような環境になった。

そして、3人の孫にも恵まれおじいちゃんとしての幸せな生き方も与えられた。

 

好きなものを食べ、好きなことをして、時々娘や孫たちと遊んで、英気を養っている。

 

とはいえ、仕事での愚痴は絶えない…

周りの人が手を抜いてるとは言わないけど、ただ時間だけ過ごして時給がもらえればいい…というのがありありと分かる。

 

もっとこうしてくれたら、周りの人も楽になるし、作業効率も上がるのに…

こう指示されてるのに、なんで逆のことするの…

などなど、挙げたらキリがない。

 

自分が疲弊してしまう…

 

そんな時に役に立ってるのが、本で得た言葉。

 

渡辺和子さんが言っていた、『暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょう』と言う言葉。

 

どの本に書いてあったのかは覚えていませんが、印象として強烈に残っている。

渡辺和子 名言
検索

で検索しても、あまり出てくる言葉ではないのですが、わたしの中では、渡辺さんの言葉では一番好き!

 

と言うより、渡辺さんの言葉ではないのかな!?

 

渡辺さんはカトリックの修道女なので、カトリックの言葉なのかな!?

だとすると、わたしにはカトリックというかキリスト教の教えが合っているのかも…

 

実は渡辺さんの他に、曽野綾子さん、三浦綾子さんの本も好きでよく読んでいた。

 

3人ともキリスト教徒なので、わたしも実はキリスト教徒!?

 

まぁ洗礼も受けてないし、教会にも行ったことないので違いますけどね…

 

ただ、教えというか考え方は好き。

 

イエス様の数々の奇跡も実際に見てないのでなんとも言えませんが、それで多くの人が救われて、幸せな人生が送れるならそれでいいと思ってる。

 

所詮人間なんて、どこかに心の拠り所がないと生きていけないのですから、イエス様だろうが、お釈迦様だろうが、〇〇教会だろうが、好きなものを選べばいい。他人に迷惑かけない程度に活動すればいい。ただそれだけ。

 

その心の拠り所が、両親だったり、愛するパートナーだったり、子どもだったりすれば尚最高!

 

わたしにも、そんなパートナーが見つからないかなぁ…

わたしも家族があった時に、今くらい心の余裕や考え方が身についていれば、今置かれてる状況も変わっていたのだろう!?

 

なんかこう書くと、わたしの心が病んでるように見えるけど、実際は充分幸せな毎日を過ごしている。

 

愛するパートナーはいないし、家族も崩壊したけど、唯一わたしの血を受け継いだ娘が幸せな結婚生活を送れているので、わたしも幸せのお裾分けをいただいてる。

 

可愛い孫の存在も大きい。

 

“目に入れても痛くない“を実感している。

 

追々、孫の写真も載せていこうと思います。

あっ違う…

自慢しようと思っています!!

 

一応、親(娘)にはブログやSNSに載せる許可はもらってるので、問題のない程度に載せていこうと思います。あっ自慢していきます!

 

あまりにも尊い存在なので、ついつい長話になってしまいました…すみません。

 

話を元に戻して、終わろうと思います。

 

今日書きたかったのは、他人の心や気持ちはわたしにはコントロールできないから、コントロールできる自分の気持ちや心に従って生きていく。

愚痴を言ったところで気持ちが晴れるわけではないので、他人のことは気にしない、自分を疲弊させる要因は排除する。

 

自分の人生を自分の生きたいように生きる。の〜んびりと。

 

チャーリー
チャーリー

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 


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