映画とドラマと小説…「みをつくし料理帖」に思うこと。

ひとり言

以前このブログ内で、「みをつくし料理帖」の小説のことを書きましたが、

感涙必至!絶対読むべき時代小説「みをつくし料理帖」。
小説「みをつくし料理帖」読書好きの方なら絶対読むべき時代小説。笑あり・涙あり・恋あり・人情あり…。ぜひ一度読んでみてください。きっとハマるはず!

今回は同タイトルの映画を観て感じたことを書きます。

 

あくまでもわたしの所感です。

チャーリー
チャーリー

ご了承ください。

では簡単なあらすじから書いていきます。

 

みをつくし料理帖

あらすじ

大坂で幼なじみだった、澪ちゃんと野江ちゃん。

しかし、大水の被害で離れ離れになってしまう…

野江ちゃんの行方はわからないが澪ちゃんも生きることに必死だったため江戸に向かう。そこで「つる屋」の店主と出会い料理人として再出発することとなる。

 

そんなある日、吉原の使用人 又次が「つる屋」の料理の評判を聞きつけ、料理を買いに来たことで澪ちゃんと野江ちゃんの距離が一気に縮まる。

 

野江ちゃんが伝説の花魁になっていたこと、澪ちゃんが料理人として江戸にいること、をお互いが知ることになり再会への手はずが整っていく。

無事に再会することはできるのか!?

貝殻に込めた幼なじみの絆は、幸せを運んでくれるのか!?

感想

率直な感想としては、

チャーリー
チャーリー

少し物足りない…

ただこれは当然のことで、映画は澪ちゃんと野江ちゃんの再会が描かれているので、小説の中の出来事はほとんど描かれていない。

小説を全部読んで、ありえない量の涙と鼻水を出した人間からしたら少し物足りないということです。

 

逆に言えば、”幼なじみの再会”だけのテーマであれば充分楽しめる。

 

さらに、テレビドラマでも2017年に放送されたけど、キャストが全て違う。

 

小説を読むと、その登場人物などは読者が勝手にキャラのイメージを創ってしまうものだけれど、テレビドラマのキャスティングは澪ちゃんが黒木華さんで、野江ちゃんが成海璃子さん、小説のイメージとぴったり合っていた。

特に、小松原さんが言っていた”下がり眉”なんて、黒木華さん演じる澪のためにあるような言葉だった。

つる屋の店主 種市を演じた、小日向文世さんの「こいつはいけねぇ」は外せないし、芳を演じた安田成美さんも、ときに強くときに優しく澪を支える姿は胸を打たれたし、萩原聖人さんの又次も影のある役を見事に演じていたし、みなさん良かった!

そんなドラマのイメージが強すぎるから映画のキャスティングに少し物足りなさを感じてしまったのかも知れない…

 

小説では、映画には登場しない人物もたくさんいるし、その人たちの義理と人情や家族愛も心を打たれることばかり。

 

はじめに紹介した小説の紹介の中で書きましたが、こんなに涙と鼻水って出るのっていうくらい出たのですが、その時に涙が出尽くしてしまったようで今回は泣けなかった

みをつくし料理帖用の涙はその時で枯れてしまったようです!?

映画とドラマと小説

映画って時間とお金をかけて作り込むイメージがあり、勝手に映画は素晴らしいものという認識があるが、今回のことで必ずしもそうではないということがわかった!

 

映画の原作は、オリジナルもあるし、小説もある。小説が原作になっていると小説を先に読んでしまうと結末を知ってしまうし、その原作が良かった場合脚色されると良さが半減されてしまうケースもある。

ただ、逆に良くなるケースもある。

そこには役者さんへのわたしたちが持っているイメージと演技力も関わってくる。

 

映画やドラマの関係者が必死になって探し出した役者さんたちをどうこう言うつもりはないが、イメージっていうのは本当に厄介でジャマなもの。

ドラマより映画の方が良いもの・素晴らしいものという思い込みもジャマなもの。

 

原作が良過ぎちゃうと尚更ジャマになる。

まとめ

高田郁さんの小説「みをつくし料理帖」は本当に素晴らしい作品で、わたしが時代小説を読むきっかけになった作品でもある。

隅から隙間でずずずいーっと人間模様が散りばめれれている。

 

わたしの想い入れが強いせいで映画よりドラマの方が素晴らしかったのだと思いますが、「みをつくし料理帖」に限らず起こり得ることだと思います。

 

最近では、ドラマの結末が映画になるケースもありますが、それはほぼキャストが変わらず演じているので、あくまでも”続き”です。

しかし、同じ作品をドラマと映画でキャストを変えて作るとどうしても最初のイメージや視聴者が作り上げたイメージが優ってしまいます。

 

これ以外でも、映画のリメイクも同様です。

 

少し前に観た映画「見えない目撃者」は、はじめは中国で製作され、韓国がリメイクし、日本でもリメイクされた作品です。(あらすじは割愛します)

中国版はまだ見つけられていないので観てませんが、韓国版を観てから日本版を観ました。

内容はほぼ一緒で、驚愕の結末も知ってはいましたが、やはり韓国版の(先に観た)方が強く印象に残っている。

主人公の盲目の女性を日本版では吉岡里帆さんが演じているのですが、難しい役どころをきっちり演じていましたし、観たことを忘れるくらい見入ってしまったのですが印象に残っているのは韓国版の方です。

 

どちらが良いとか悪いとかではなくあくまでも”印象”の話しです。

 

もうひとつ、スペインで製作された「ロストボディ」という映画も、韓国でリメイクされています。

こちらも韓国版を観てからスペイン版を観たのですが、やはり先に観た韓国版の方が強く印象に残っている…

 

こうなると、もはやリメイクとかの問題ではなく、わたしがただ韓国作品が好きってことになってしまいそうですね…

 

確かに韓国作品は好きです。

「冬のソナタ」で始まった韓流ブームには乗れず、ここ2〜3年で韓国作品をよく観るようになり、わたしの中の韓流ブームが始まりました。映画もドラマもどちらもよく観ます。

韓国作品についての想いは、また改めて書くことにします。

 

結局何が言いたいかと言いますと、人間のイメージや勝手に作り上げた妄想はジャマなものということです。

 

今回の映画「みをつくし料理帖」も、小説もドラマも知らないまま観ていたらきっと違う感想になっていたはずです。澪ちゃんと野江ちゃんの再会にきっと大粒の涙を流していたことでしょう…

 

また、どんな作品もフラットに楽しめる方も当然いると思いますので、そういった方はいつでも素直に作品を楽しめることができるのでしょう。

うらやましい限りです!

 

チャーリー
チャーリー

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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