本の旅・言葉の旅、あなたの本棚にはどんな旅がつまってますか!?

ひとり言
ピグペン
ピグペン

本の旅ってどういうこと?

歴史を勉強すれば数千年前からの流れがわかるからそれを旅ということもできるけど、本そのものが旅することもある。

または、本の中の言葉だけが旅することもある。

そんな内容で書いていくので、旅の本ではないし旅行記でもありません。

旅行の参考にはなりませんのでご了承ください。

 

ある意味では旅行記かもしれないけど…

では、ここでの本の旅とは?

チャーリー
チャーリー

親から娘、娘から孫へ本が旅する

それと、

チャーリー
チャーリー

良質な言葉が旅する

このふたつです。

 

さぁどんな旅になるのでしょうか?

本の旅

親から娘、娘から孫

ここで旅する本は絵本です。

先に絵本の紹介をします。

えんとつ町のプペルです。

 

2020年の末頃に映画も公開されているのでご存知の方も多いと思いますので、内容は割愛します。
これはわたくしごとなのですが、確か4年前(2017年)のクリスマスに娘にプレセントしたものです。

西野亮廣さんの絵本は「えんとつ町のプペル」の他にも何冊かあったのですが、なんとなくこれを選んでいました。当時はそんなに人気があるとは思っていなくて、ただタモリさんが西野亮廣さんの絵本を絶賛していたのでパラパラとめくって決めていました。

まさか映画になるほどの作品とは…

娘もすごく喜んでくれて、いつか子どもができたらプレゼントするんだ!と笑顔を見せてくれました。

その娘も、6月にお母さんになる予定。

こんな大変な時期ではありますが、元気な赤ちゃんを産んでほしい。そして、良い絵本のバトンを渡してほしい。

絵本に限らず、わたしが読んだ小説などでも良いと思ったものは全て娘にあげているので、良いものはどんどん娘から孫へ受け継いで欲しい。

そして、もうひとつの旅は

言葉の旅

こちらは、萩原魚雷さんの「中年の本棚」を読んだときに思ったことです。

 

中年の本棚の中に「四十初惑」という言葉が出てくるのですが、萩原魚雷さんがこの言葉を知ったのは、野村克也さんの「背番号なき現役 私のルール十八章」を読んだ時だそうです。

 

野村克也さん
1935年〈昭和10年〉6月29日 ‐ 2020年〈令和2年〉2 月11日
でも、その言葉は野村克也さんの言葉ではなく、野村克也さんも扇谷正造さんの「80年代を生き抜く三つの方策」の中から抜き出したもの。

その扇谷正造さんは孔子の”四十不惑”からヒントを得て、この言葉を思いついたそうです。

四十初惑とは、四十になってはじめて人生の方向を模索、確定する

四十不惑とは、四十にして惑わず

 

扇谷正造さん
1913年(明治46年)3月28日 – 1992年(平成4年)4月10日

孔子の言葉は、人生50年代時代の言葉だったのでそれを80年代にまで人生が延びたことで”不”を”初”に変えて、人生まだまだこれからという意味に変えたようです。

今は人生100年時代、40歳はどんな立ち位置なのでしょうか?

さらに、源氏鶏太さんも四十初惑について書いています。

 

源氏鶏太さん
1912年(明治45年)4月19日 – 1985年(昭和60年)9 月12日

しかし、吉川英治さんの「草思堂随筆」の中に四十初惑はすでに使われてます。

元はやはり孔子の言葉からのようです。

 

吉川英治さん
1892年〈明治25年〉8月11日 – 1962年〈昭和37年〉9月7日

それぞれの本は読んでいないので、内容はわかりません。

ここで言いたいのは、四十惑から四十惑に少し言葉が変わってはいるが、この言葉は100年を越える旅をしている。ということです。

もちろん、四字熟語やことわざ、格言のようなものは、人間が書き記すことが始まってから続いていることなので何千年の旅はしています。

良質な言葉というのは年を重ねても色褪せることなく誰かの心に届くもので、残っていくもの。

そういった出会いができるのも、本の良いところ・読書の良いところ!

四十不惑や四十初惑という言葉は日常で使うケースはほとんどないかも知れませんが、知っているのと知っていないとでは、心の持ちようが違います。

万が一会話の中に、「四十不惑が…」なんて出てきたとき、

 

ピグペン
ピグペン

孔子の言葉だね〜

なんて言えたらカッコよくありませんか!?

おまけ

ついでに、もうひとつ

野村克也さんといえば「生涯一捕手」という言葉が代名詞ですが、これも吉川英治さんの「生涯一書生」からもじった言葉です。

先ほどの四十初惑は扇谷正造さん、生涯一捕手は吉川英治さん。

読書をする習慣がないと出会えない言葉ですし、引用すること、自分の言葉にすることもできません。

野球選手として素晴らしい記録と記憶に残し、一流選手は一流の監督や指導者になれないという常識を覆した野村克也さんは、読書家でもあったようです。

それゆえに選手としても、人間としても愛されたのだろう。

素晴らしい!

まとめ

いかがでしたか、”旅”できましたか?

絵本について書いたこと以外は、萩原魚雷さんの「中年の本棚」を参考にしています。

わたしが読書をするようになったのはここ10年ほどで、それこそ人生の絶望を味わったときに本の力を知り、言葉の力を知りました。

それについては、下記に書いています。

 

「どくしょ」について。「この世で一番の奇跡」に出会えたことが奇跡。
人生のどん底にいた時に偶然目にした「この世で一番の奇跡」。「世界最強の商人」で知られる、故オグ・マンディーノ氏の著書で、人間とは偉大な存在で、一人一人がかけがえのない存在。モノを見ている目も、音を聞いている耳も、当たり前なものではなく、人間の奇跡…。様々な奇跡を備えているのに自分には何もないというのはおかしいと…。

 

当時は、生きていくためにはどうしたらよいのかということを考えていたので、自己啓発書が多かったと思いますが、それから小説を読むようになり、今では色んなジャンルの本を読むようになりました。

数年前のわたしだったらこの本(中年の本棚)は読んでいなかったですし、色んな本を読むようになったからこそ新たな出会いが増えました。

自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分自身で感じる”旅”も良いものですが、何千年前の人の考え方や文化は本でないと味わえません。

当然、本一冊一冊で心の沁みるもの・沁みないものはありますが、出会わなければ沁みるか沁みないかもわかりません。

それがわかるようになるだけでも、本の旅をする価値はあると思っています。

これからも旅は続きます。

 

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